太魯閣の特殊な地形は、初めはベルム紀の石灰岩、のちに造山運動とそれに伴う変質作用の影響を受け、石灰岩は大理石に変わりました。幾度もの構造運動と変質作用を経て、大理石とその他の岩石は複雑な褶曲(しゅうきょく)を形成し、褶曲と断層によってこの地域では大理石が繰り返し現れました。フィリピン海プレートとユーラシアプレートの度重なるぶつかり合いによって太魯閣峡谷は絶えず隆起し、加えて立霧渓による侵食と、大理石の緻密で崩れにくい特性が組み合わさり、立霧渓の流れる大理石区にはほぼ垂直に近い断崖を持つV型の峡谷が形成されました。
太魯閣国家公園は海抜の落差が大きく、海抜50メートルに満たない場所から、海抜3742メートルの南湖大山まであります。平地の広葉樹林から針広混交林、高山の草原、それからツンドラに近い南湖圏谷まで、気候や地形、植物の分布は非常に多様です。生態環境の特異性と人為的な環境破壊の少なさのおかげで、原生林や植物は元のままの姿を保っており、生息動物の種類と数も非常に豊富です。
区域内の高山は基盤を同じくしているものの、山頂はそれぞれ高くそびえ立っており、生物学的な意味からすると、生殖的隔離の作用が働いている高山の“島”が多くあると言えます。それぞれの生物的な小島にはそれぞれ異なる環境因子、進化をつかさどる自然の力、種分化を進める作用があり、何度も初期の独特な種と生物相を取捨選択してきました。
動物については、調査資料によると、太魯閣国家公園内には少なくとも哺乳類34種(固有種6種を含む)、台湾固有種14種を含む鳥類144種、両生類15種(固有種3種)、爬虫類32種、渓流魚類18種、チョウ251種、貝類18種、淡水エビ13種、カニ類6種(そのうちミナミモクズガニ、俗称青毛ガニは台湾東部の固有種)が生息しています。大昔からこの地に生息している有尾類のサンショウウオは、海抜2000メートル以上の山間部に氷河時代から残っている生物です。石の上に止まって日光浴をしているカナヘビ属の雪山草蜥(Takydromus hsuehshanensis)はこの地で最も有名な固有種で、海抜が最も高いところに生息するトカゲです。
そのほか、タイワンイイズナ、タイワンモリネズミ、高山白腹鼠(Niviventer culturatus)も台湾固有種で、高山白腹鼠は、腹部が乳白色になっている美しい大型のネズミ科の動物です。低い草原から日の光も入らないようなタイワンヤダケの林に入ると、ゆっくりと森の息吹が感じられ、台湾固有種のタイワンザルが群れをなして木々の間を飛び回る姿も目にできます。森の奥では、哺乳類のほかに、ミカドキジやサンケイ、コウライキジといった3種のキジが確認された記録もあります。そのなかのミカドキジとサンケイは台湾固有種です。この地は植生の保存状態が良好で、森林中心部の85%を天然林が占めており、野生動物にとって絶好の生息の場となっています。
植物については、簡単な調査によると、太魯閣国家公園内には154科、計1224種の維管束植物が生息しており、そのなかの132種は絶滅に頻しています。海抜は海面から3742メートルの高山までに及んでいるため、複雑な気候帯を擁しており、台湾の植生タイプの多くがここでは見られます。
高山ツンドラの生態系:海抜3500メートル以上の高山に分布しています。岩石はむき出しになっており、風化も激しく、岩層には土壌の堆積が見られません。気温は非常に低く、毎年4カ月ほどの積雪期があり、風も強いです。ニイタカビャクシンやニイタカシシウド、アカゲツツジなど高山でよく見られる植物のほかに、南湖圏谷の各地域には40種類の希少植物が生息しています。特にタイリンアカバナの美しさは群を抜いています。
針葉樹林の生態系:一年を通して雲霧が見られ、潤いがあり、霧林とも称されます。海抜2000メートルから3500メートルの間に分布しており、主に生息している樹木はモミ、タイワンツガ、ニイタカアカマツです。木々の小枝の間にはサルオガセモドキやオオバカエデヤドリギ、地衣類が生育しており、湿った地帯であることを示しています。
針広混交林の生態系:海抜1000メートルから2000メートルの高山に分布しており、片岩や大理石が主な岩石として見られます。樹木の種類は非常に豊富で、主な針葉樹はタイワンベニヒノキやタイワンヒノキ、タイワンスギ、ランダイスギ、タカネゴヨウなど、主な広葉樹はタイワンアカガシ、ナンバンガシ、タイワンタブノキ、ニイタカハイノキ、氷河時代から残るトリモチノキなどです。台湾の野生動物の重要な生息地の一つでもあります。
広葉樹林の生態系:夏季は雨が多く、海抜1500メートル以下に分布しています。多く見られるのは、アラカシ、オオバタブ、オオバイヌビワなどで、樹林の奥底にはヤマシマハイノキやDadoxylon属、ハイノキ属、タイワンヤツデなども生息しています。地被植物としては、タカサゴシダやオオヒトツバ、オニクラマゴケが最も多く見られます。広葉樹林は豊富な植物群落を生み、遷移を進行させました。このほか、太魯閣峡谷エリアではタロコガシやヒナヨシなど生命力の強い岩生植物も見られます。
すでに世界遺産に登録されている米国のグランドキャニオン国立公園と太魯閣国家公園とを比較すると、グランドキャニオンにある深さ1500メートルに及ぶ大峡谷はコロラド川によって削り出されてできたもので、海面から2500メートルまで高度の落差が大きい雄大な景観を有しています。この特殊な地形は高山から砂漠まで、気候と生息地の多様性と豊富な動植物資源を生み出しました。
一方、太魯閣国家公園はプレート運動と隆起の影響で、地形はさらに豊かになったように思われます。雄大な峡谷のほか、100カ所を超える渓流の滝もあります。公園内の高度は海面から3742メートルの高山にまで及んでいるため、気候と地形の変化は豊富な動植物資源や人々の心を動かす高山、断崖、渓流、滝などの美しい風景を生みました。
太魯閣国家公園とグランドキャニオンの最大の違いは、地殻の隆起と立霧渓の侵食、風化作用によってできたU字型の大理石峡谷にあります。深さ1000メートルを超す狭く切り立った峡谷の角度は垂直に近く、地殻の上昇と渓流による侵食が今後も続けば、この世界最大の大理石峡谷の崖はさらに高さを増し、河谷もさらに深みを増すことでしょう。