台湾のヒノキ原始林の起源
年間を通して温暖な気候、というのは、台湾の自然環境について正しい認識ではありません。というのも、台湾にそびえ立つ背骨のような山脈には、長年の万年雪が残っているからです。毎年、秋になると、台湾の高山は冷え込み始め、冬には、大陸北方からの寒気団が次々と台湾の高山を襲います。北方からの寒流がもたらす厳しい冷え込みと雪は、台湾北部の七星山や太平山、中部の大禹嶺、南部の阿里山などに降り注ぎます。
台湾は面積の約四分の三が山地で占められています。中でも高山は、北方大陸からの氷河が台湾に流れ着いたときに、氷河のとどまる場所となりました。また、古代の裸子針葉樹林群系も、氷河が台湾に流れ着いたことに伴って南に移り、成長しました。
台湾の背骨である雪山(標高3,884メートル)、南湖大山(標高3,740メートル)といった山域には、今でも様々な氷河擦痕や、圏谷、氷河作用によって形成された渓谷といった自然の痕跡が残っています。こうした高山の痕跡からの情報は、遠い昔に氷河が台湾に到着したことを教えてくれます。しかも、世界の古代の裸子植物の生態環境変遷の歴史を研究すると、もし、数度の地球規模の大氷河期という天候ストレスがなければ、北方の針葉樹林系が南に移動してくることはなかったことが分かります。今日の台湾の山脈に存在する様々な氷河の痕跡も、今の台湾にある広大な針葉樹林と、世界にある古代の裸子植物の長期にわたる移動、進化が直接的で、密接な関係があることを雄弁に示しています。
裸子植物の起源は中生代三畳紀(今から約2億年以上前)。過去の200万年から1万年前の間に、地球では4度の大氷河期があり、その時期の地球の気温は現在よりかなり低下していました。気温が低下していく過程で、極地の氷原が徐々に拡大し、生物は南の温暖な地域に移っていきました。そんな中、アジアではヒマラヤ山脈から台湾一帯が、当時の世界最大の生物の避難場所となり、台湾の針葉樹林の起源となりました。
今日でも台湾の山地に生育している希少な裸子植物群は皆、「生きた化石」といえます。これら生きた化石である針葉樹は、台湾の中高海抜の霧深いヒノキ林に存在します。そして、海洋性湿潤気候である台湾の高山に生き残っている古代ヒノキ林は、古地磁気史の変遷と古代の裸子植物の長期的な進化のもと、現存する非常に珍しい林相であるだけでなく、今では北米と東アジアにのみ残る古代ヒノキ林の自然遺産の代表でもあります。
世界のヒノキの種類と分布
ヒノキの種類は現在、世界に7種類しかなく、北米の西海岸と東海岸、日本、台湾といった海岸に近い山脈エリアに分布しています。中国大陸とユーラシア大陸では、今までにヒノキの分布は確認されていません。氷河期に北方の裸子植物が大挙して南に移動し、分布が拡大したため、ヒノキもこの時、北方から南に移動してきました。学術界における研究と推測では、当時の日本と中国大陸の華中、台湾と中国大陸の華南がつながっており、その後、東シナ海の陸地が海面上昇で沈んだため、日本と台湾、中国大陸が離れ、現在の分布状況になったとされます。現在のヒノキの7種類のうち、北米には3種、日本には2種、台湾には2種が存在します。
台湾に存在する2種:
(一)タイワンベニヒノキ(Chamaecyparis formosensis Mats.)英語名はTaiwan Red cypress。幹の高さは38メートル、胸高直径は1.7メートルにも達し、台湾の海抜900~2,700メートルの山腹や谷の地域に分布します。タイワンヒノキよりわずかに標高の低いところに生育し、タイワンツガやタカネゴヨウ、チュウゴクイチイ、タイワンスギと混生します。また、広葉樹と混生したり、大規模な純林を形成することもあり、木材には芳香があります。
(二)タイワンヒノキ(Chamaecyparis taiwanensis Mas. et Suzuki)英語名はTaiwan cypress。幹の高さは35メートル、胸高直径は1メートルに達し、台湾の海抜1,300~2,900メートルの山地に分布します。標高の高いところではタイワンツガと、標高の低いところではタイワンベニヒノキと混生することが多く、純林を形成する場合もあります。一般的にタイワンヒノキは、同じエリアではタイワンベニヒノキより200~500メートル標高の高いところに分布します。木材には芳香があります。
現在の世界のヒノキの分布環境をみてみると、針葉樹林群系においては、裸子植物であるヒノキ属は、分布範囲や種類にかかわらず、全て希少になっています。ヒノキの生育環境については、現在の世界のヒノキの主要なグループは全て、太平洋の東、西海岸に近い山脈の湿潤な山域に分布しています。北米と東アジア型のヒノキ属針葉樹林では、台湾のヒノキ林のみが亜熱帯地域に位置しています。
台湾ヒノキの原生分布と雲霧林の生態環境
台湾ヒノキとは、「タイワンヒノキ」と「タイワンベニヒノキ」を合わせた呼び方です。台湾にとって重要なこの2種類の針葉樹の学名は、20世紀初頭に日本の植物学者による学術研究報告で命名されました。
記録によると、台湾ヒノキ林の分布で、海抜が最も低く、且つ最北の地域は、北挿天山の海抜1,050メートルのエリア(雪山山脈の烏来福山付近)。一方、最も南の地域は、屏東県の南大武山南側で、海抜2,000メートル前後の霧頭山にあるタイワンベニヒノキ林です。
台湾のヒノキ林は海抜1,500~2,800メートルのエリアに分布しており、中でも、海抜1,800~2,400メートルのエリアが中心です。タイワンベニヒノキは、タイワンヒノキより300~500メートル海抜が低いところに生育しています。気温差の関係で、天然のヒノキ林は全体的に、北では海抜の低いところに、南では海抜の高いところに分布しており、中部以北の山域では、タイワンヒノキが多く、中部以南はタイワンベニヒノキが中心となります。ただ、ヒノキ林としては、タイワンベニヒノキとタイワンヒノキの両者がともに生育しているエリアが非常に広く、海抜の高いところでは、タイワンツガやランダイスギ、タイワンスギ、タカネゴヨウといった針葉樹との混生がよくみられます。また、海抜が比較的低いところでは、大量のカシやクヌギ類と混生し、針葉樹と広葉樹からなる大きな混交林帯を形成します。
現存する世界のヒノキ属植物は、暖帯から温帯にかけての針葉樹林に生育しており、この林帯は台湾では、中高海抜の山地に当たります。この山地は、峰が高く、谷は深く、十分な雨霧によって、孤島のように閉鎖した生態環境を形成することが多く、また、温暖湿潤な気候が、このエリアの植物が互いに競い合って生存していく環境を作り出しているため、台湾のヒノキ林は、大部分が混生しているか、混交林を形成しており、純林型(または、ヒノキ優勢群落林相)となることは非常にまれです。
台湾の林業に関する文献と昔のヒノキ林伐採の写真といった資料から分析すると、かつての阿里山や太平山の営林地、東部の木瓜山営林区では、タイワンヒノキが優勢な比較的大きなヒノキの純林が存在していた可能性があります。しかし、こういった地域の天然のヒノキ林はほぼ伐採されつくしており、今日では、以前の台湾ヒノキの純林の生態環境に関する詳しい分析ができなくなっています。
全体的にみて、台湾の最大クラスの高木は、中海抜のヒノキ林帯に集まっています。雨量の記録をみてみると、この林帯は台湾全土で最も降水量が豊富で、年平均3,000~4,000ミリ以上になります。台湾北部の棲蘭山と太平山ではさらに年平均5,000ミリに達した記録があります。この多湿な山地は、1年のうち250日ほどが雨霧に覆われており、このような年中雨霧でおおわれている林地を植物学では、「雲霧林帯」といいます。また、こういったエリアの自然環境生態系は、学術界で「暖温帯山地針葉樹林群系」と呼ばれます。植物学ではこの群系を針葉樹混生群落、ヒノキ林群落の二つに大きく分けています。
このうち、針葉樹混生群落は海抜の比較的高いところ(海抜2,200~2,600メートル)に分布しており、植物群落の構成は比較的単純です。一方、ヒノキ林群落は比較的低いところ(海抜1,600~2,400メートル)に分布し、温暖、湿潤多雨の気候のため、植物群落は非常に多様な構成になっています。種の多様性といった点では非常に雑多で、植被環境としては、あらゆる針葉樹林地で最も閉鎖的で安定したものとなっています。この林型では、何層かの階層構造が形成されており、最上層は、タイワンヒノキとタイワンベニヒノキが優勢、2番目の層はブナ科のクヌギやカシが優勢で、互生の広葉樹数十種類も生育。地域の南北で異なる樹種の分布があります。3番目の層は小型の高木と低木類で構成されており、最も下の層は地被草本層で、シダ類とイネ科植物が優勢であることが多くなっています。
棲蘭山林区
1900年に日本政府が大規模伐採を始めたことで、台湾の天然ヒノキ林は壊滅に向かいます。日本による統治終了後、当時の逼迫した財政を助けるため、1989年に禁止されるまで台湾のヒノキ林資源は伐採され続けました。実際の調査から推測すると、台湾の天然ヒノキ林は現在、北部の棲蘭山林区と東部の秀姑巒林区にわずかに残るのみです。
現在の棲蘭山林区は、台湾北部の雪山山脈の喀拉業山の主稜線から北東に向けて、馬悩山、眉有岩、唐穂山、棲蘭山を経て拳頭母山に至る雪山山脈の主稜線両側に広がるエリアを総称します。行政区でいうと、宜蘭県、新北市、桃園市、新竹県の2県2市の境にある最も山深い集水山域です。
棲蘭山林区の面積は約45,000ヘクタール、天然ヒノキ林の蓄積量は400万立方メートル。主に南、北の二つに分けられます。南部エリアは今日の棲蘭山林区の主なヒノキ林分布地となっています。この二つのエリアの天然ヒノキ林の総分布面積は15,000ヘクタール前後で、多くが人の踏み込んでいない原始の環境です。
天然ヒノキ林内の大型動物生息地
タイワンツキノワグマ:
棲蘭山林区のタイワンヒノキ林では、タイワンスギの巨木やチュウゴクイチイ、ランダイスギ、イヌガヤといった希少な針葉樹が共生しているほか、タイワンツキノワグマやタイワンカモシカ、キョンといった大型の有蹄類の動物が活動しており、北部台湾の希少な野生生物の楽園となっています。
棲蘭山林区の雲霧林帯を主な生育地とする植物は、106科200属314種あり、このうち台湾固有のものは103種あります。これら台湾固有の植物の中には台湾各地で絶滅の危機に瀕している種が多くあり、オオスギカズラ、フジシダ、五葉参、三星石斛(Dendrobium Sanseiense HAYATA)、ヤマトミクリ、大型植物では、タイワンスギやタイワンヒノキ、ランダイスギ、チュウゴクイチイ、イヌガヤなどが貴重な植物です。