一、澎湖石滬の価値

澎湖海洋文化協会の林文鎮氏は、澎湖石滬の価値について、かつての経済の生命線、最も古いエコロジー工法、全体的なコミュニティ構築の元祖、という3つがあるとみています。

1、「かつての経済の生命線」：機械による動力船が発達していなかった時代、澎湖のような資源の乏しい島では、石滬がないということは、生活を営むための設備がないということに等しく、つまりは、独立した生活ができないということでした。当時の石滬は、田畑や家屋同様に不動産としての性格があり、質入れや担保、売買、さらには遺産分割の対象でした。また、婚姻や交友関係のよしあしをはかる基準でもありました。こういった特徴は1960年以降に徐々に変化していきましたが、1950年を例にとると、当年の澎湖県全体の漁業生産額のうち、石滬によるものが77%を占めており、当時の石滬による漁業の重要性がよく分かります。

2、「最も古いエコロジー工法」：石滬の石積みは、人工の接着剤などを一切使っていないため、人工物による汚染がありません。さらに、石材の表面は粗く、隙間があるため、固着生物（例えば、カキやフジツボ）と藻類の成長の場となっており、これがさらに石滬の強度を高めています。安定的に食物と隙間があることで、稚魚の成長に最適な場所にもなっているのです。

3、「全体的なコミュニティ構築の元祖」：石滬の建設には多数の人の力を合わせる必要があります。澎湖地方史の専門家である洪国雄氏は、石滬の建設と分業においては、出資者の選定、場所の選定、石材の調達、石材の運搬、施工の時期、施工のルール、石滬のメンテナンス、石滬の祭祀といった8項目があり、こうした作業にはいずれも、石滬の所有者による分担が必要なことから、石滬は一族や廟、村、地域内の住民と密接な関係があり、また、一種の学びや、伝承、自己管理のシステムを形成しており、当時の島の文化の特徴の一つになっていると指摘しています。

二、澎湖石滬の種類

澎湖の石滬は、地形や方角、潮流といった環境の違いにより、その形状が異なります。ですが、主に、「弧形石滬」、「単滬房石滬」、「双滬房石滬」の大きく3種類に分類できます。

1、「弧形石滬」：半円状の石堤の石滬。古くは「浅坪滬」と呼ばれたもので、「滬房」という魚を追い込む囲い部分のない石滬を指します。石堤が半円状のため、「畚箕滬（もっこ滬）」や「圓籠仔圏（大きな丸いおかもち）」とも呼ばれ、通常は、水深の浅いエリアで、高潮線から近いところに作られます。このため、吉貝島の人々は「高滬」とも呼びます。

2、「単滬房石滬」：滬房が1つの石滬で、通常は水深が比較的深いところに作られます。このため、「深滬」とも呼ばれます。

3、「双滬房石滬」：滬房が2つある石滬のことで、「双聯滬」とも呼ばれます。吉貝、西嶼郷・牛心湾、七美島の双滬房石滬には構造が異なるものがあり、滬房が前後に連なったものや、滬房が左右に並んだものがあります。研究調査によると、澎湖の石滬では、弧形石滬の割合が約49%と最も高く、次いで、単滬房石滬が32%、双滬房石滬が最も少なく3%です。残りの16%は、破損が激しいために、遺構しか残っておらず、形態が判断できないものです。

三、澎湖石滬の数

澎湖石滬の数は、清朝康煕年間に22基、清朝末期には78.5基に増え、日本統治時代の大正6年（1917年）の澎湖水産会の調査では計314基、昭和13年（1938年）の石滬漁業権登記は284件でした。日本による統治終了後、1950年に政府が発行した石滬漁業権ライセンスは149件、1957年の澎湖で登記されていた石滬は192基でした。

日本統治終了後に石滬の数が減少した理由については、所有者が石滬漁業権の登記を怠ったか、機械による動力船の発達で、効率的な漁業に転向したことが考えられます。澎湖石滬の数については近年では、澎湖地方史の専門家である洪国雄氏が1999年に完了させた調査が正確です。これによると、澎湖県全体の石滬は計558基、調査時に漏れ、追記した16基を加えると、総数は574基以上ということになります。

国立澎湖科技大学観光休閒系（観光・レジャー学科）の李明儒副教授の研究チームが2005～2006年に、一部地域の石滬について行った詳しい調査で、漏れていたり、新たに作られた石滬が13基あったことが分かり、澎湖石滬の数は587基に拡大、その後2008～2009年に、残りの地域の石滬について行った調査で、さらに592基にまで増えました。これに、言い伝えにはあるものの、実際には遺構が調査できない石滬も加えると、澎湖石滬は600基以上になる可能性があります。320キロの澎湖の海岸線から、港や水深が深く石滬を作れないところを除くと、600基近くもの石滬が分布しているということは、密度と数は世界一といえ、世界文化遺産に登録する価値が十分にあります。

四、澎湖石滬の漁獲

澎湖石滬で捕れる魚の種類は非常に豊富で、1999年に澎湖地方史の専門家である洪国雄氏が行ったフィールド調査によると、以下のような魚種が捕れるということが分かりました。

キビナゴ、インドアイノコイワシ、ウルメイワシ、オグロイワシ、ウシサワラ、スマ、カンパチ、マルアジ、アイゴ、ホンニベ、ネッタイヒイラギ、クサヤモロ、イサキ、コトヒキ、ヨスジシマイサキ、ハマダツ、ホシザヨリ、ミナミクロサギ、タカサゴ、コボラ、タチウオ、ハリセンボン、ヤクシマイワシ、ミナミゴンズイ、ハマフエフキ、アオリイカ、コウイカ、モヨウハタ、イスズミ、スズメダイ、ロクセンスズメダイ、ウツボ類、エイ類、サメ類、ウミガメ類

漁獲が盛んだった時代には、良好な石滬を建設できれば、一度の潮の満ち引きで、百斤（60キログラム）、さらには千斤（600キログラム）の魚を捕獲できたといいます。石滬を見てきた長老によると、当時の魚が集まった状態の石滬では、多数の魚で水が見えないほどだったそうです。こうしたことから、石滬の所有者は一夜にして富を得て、洋風建築の住宅まで建てられたといいます。洪国雄氏は石滬調査で、「滬房」という魚を追い込む囲い部分に、数えきれないほどのキビナゴの稚魚がいたことや、滬房内に数十匹のスマが泳いでいるのを実際に見たといい、伝えられていることは事実であると考えられます。

五、澎湖石滬の分布

澎湖諸島は、日本統治時代の記録に64の島があると記されていますが、2004年の最新調査では、計90の島があることが分かりました。その分布水域は長さ約60キロメートル、幅約40キロメートル。水深はおよそ北側のほうが浅く、南側が深いため、北の島へ行けば行くほど、潮間帯が広く、石滬の数も多くみられるようになります。

澎湖の1市5郷のうち、一番北側の白沙郷に石滬が最も多くあります。中でも吉貝島は昔から「石滬の故郷」といわれており、2006年の調査によると、島の周囲には92もの石滬があり、石滬の分布が最も多い島となっています。次いで多いのが西側にある西嶼郷で、東にある湖西郷、中ほどの馬公市が続き、南に位置する島には少なくなっています。

澎湖最北端の石滬は目斗嶼にある3基で、最南端は、二つのハートが連なった形に見える七美島の双心石滬です。七美の双心石滬の近くには、この石滬を眺めるのに絶好の崖があるため、「地上で最も美しい景色」という異名を持っており、さらには、澎湖の観光イメージとなり、ロマンと愛情の象徴になっています。

一、やな漁の起源と分布

やな漁（fish weirまたはtidal weir）は、世界各地でみられる古くからの漁の仕掛けの一種で、現存する文献から推測すると、早ければ石器時代には存在していた可能性があります。このような仕掛けは、世界各地の淡水と潮間帯区域にみられ、各種材料を使って作られる、水流を遮って、魚類の行動を制限する構造物が中心ですが、その技法は多種多様です。こういった構造物の名称をアメリカ大陸西北海岸ではweirsと呼んでおり、このほかのエリアでの名称には、fish traps、tidal traps、kraals、guides、leads、pounds、impoundments、fish fences、fish pondsなどがあります。

現在、やな漁文化がある地域として知られているのは、日本や韓国、台湾、中国大陸、フィリピン、タイ、ベトナム、インドネシア、カンボジア、インド、スリランカ、太平洋諸島、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、アフリカ、さらには、アメリカ、カナダにまで広がっています。やな漁文化が国を跨いで分布していることから、この原始的な漁業技術と構造物は、人類の文明が発展してきた知的証拠であり、また、貴重な文化遺産・文化的景観でもあります。

二、石滬はやな漁技術の特殊な形式

世界各地のやな漁は、多くがその地に合った材質で作られており、大きく分けて、植物材、石材、人工材質の3種類があります。石滬（stone fish weir）は、天然の石材または珊瑚礁で作られており、素材と素材の間には人工の接着剤が一切使われておらず、素材の形に合わせて積み重ねたり、整えたりするだけという点から、やな漁技術の中でも特殊な形式です。このため、石滬と名がつけられ、日本では石垣や石干見、韓国ではかつて石防簾と呼ばれていました。通常は、河口や海の潮間帯に作られます。石滬の建造では、風や波、潮の変化を遮る必要があるため、高さ約1.5メートルから2メートル以上の弧状の石垣を積み上げ、石垣の端は螺旋状に巻いた形にされています。複雑な構造になると、魚を集めるための滬房という部分が作られ、滬房が2つ備わるものもあります。さらには、魚をより捕獲しやすくするために、滬門や滬梯、滬牙、魚井、狭区といった部分が作られるなど発展しました。石滬が分布、発展した地域と、オーストロネシア語族の移動したルートが非常に重なっており、加えて、採集文化と建造形式も非常に通じるものがあるため、石滬文化は、オーストロネシア語族の漁業文化と同じ特徴を持つ文化の一つと推測されます。ただ、これについては、より多くの証拠を集め、根拠を確かなものとする必要があります。

三、石滬建造の条件

石滬が発展するには、以下のようにいくつか条件があります。

1、「材料があること」：石材（玄武岩、小石、栗石）や珊瑚礁などが、石滬を作る材料となります。

2、「十分な潮位の差があること」：潮位の差があると、潮の満ち引きを利用して、魚群を石滬に取り込み、捕獲できます。

3、「強い風と波があること」：荒れた天気と強い波があることで、魚群が石滬に避難して入り込みやすくなります。

4、「広い岩礁があること」：広い珊瑚礁の浅棚があることで、潮が引いても魚が潮間帯にとどまり、石滬に取り残されます。また、珊瑚礁の底質が比較的硬ければ、その上に石滬を作ることで、基礎部分が潮の流れや砂の流失による影響を受けにくくなります。

5、「回遊性魚類がいること」：回遊性の魚類は捕食のため、小魚を追ったり、藻類を食べるために潮間帯に入ることで、石滬に入り込みます。膨大な数の回遊性魚類がいることが、石滬を作るのに必要な条件で、また、経済的な理由でもあります。

6、「十分な人手」：かつて機械動力が発達していなかった時代、石滬の石材は潮の満ち引きに合わせて、人の手で適切な場所に運んで積み上げる必要がありました。こうしたことから、完成までに数年から十年以上かかるため、石滬を作る上で、人手は必要な条件の一つとなります。

7、「管理システムがあること」：大勢の力を結集して作り上げた石滬の漁獲高も、潮の満ち引きや季節の影響を受けて変化します。このため、利益の分配と修繕の責任義務が、広く認められた綿密な分業体制となり、石滬を永続的に利用するための必要なシステムになっています。

四、澎湖石滬の起源

我が国の古代漁法は『詩経』に記載されているところによると、当時は、網、釣、罟、イキ（羅の下を或に変える）、汕、ク（竹かんむりに句）、リュウ（羅の下を留に変える）、罩、潜、梁など多くの捕獲技法がありました。漢代には、簀立のような定置漁具が形成され、東晋のころになると、漁民は松江の河口に一種の「瀘」を用いた漁業法、つまり、竹の柵を海辺に並べ、潮の満ち引きを利用して魚を捕獲する方法、こういった漁業法を上海では「滬」と呼びました。唐代の長江下流では、「滬」は主要な漁業道具の一つでした。その後、「滬」はそのほかの地域で発展し、その漁業法の名称も変わり、例えば、カニを捕る場合は「蟹タン（竹かんむりに斷）」、魚類を捕るのは「魚タン（竹かんむりに斷）」など。明朝初年、朝廷は沿海部の住民が私的に海に出ることを禁止。嘉靖30年以降に倭寇の活動が激しくなると、鎖国はより厳しくなりました。明、清両王朝は、「遷海」という、海沿いの住民を内陸部に移住させ、沿海部を無人にして鄭成功の勢力を孤立させる策を実施、離島は、立ち入り禁止とされ、「家屋を一掃し、島を無人にする」さもなくば「殺害も問わず」という方針でした。このため、澎湖の最初の石滬はいつどこで作られたか、古い年代の文献がないため、考証できません。

「海を田畑とする」ことで、澎湖の先達は生活を維持させてきましたが、冬になると、海を強い北東モンスーンが吹き、出航の危険性が高まります。このため、先達は澎湖の海の黒い玄武岩と白い珊瑚礁を積み上げて石滬を築き、潮の満ち引きを利用して、魚群を石滬に誘い込んで捕まえました。こうすることで、波と闘わずにすむようにしたのです。これは地域の智慧の結晶であり、世界遺産登録基準第1項に当てはまります。

石滬は石を浅瀬に積んで作った人工物で、風や波を受けて壊れやすいため、常に保護することで、使用できる状態を保てます。しかし、1970年代以降、ほかの漁法の収益が大きく増加し（石滬による利益が相対的に低下）、澎湖の漁民は徐々に石滬での漁業を重視しなくなりました。また、この十数年、人為的な海の環境の破壊が進み、澎湖の石滬の損傷状況も日を追うごとに厳しくなりました。多くの石滬で砂が堆積しているほか、一部の石滬は完全に埋もれてしまったり、一部の跡が残るだけになり、以前のような景観を再現するのが難しくなりました。こうしたことが、世界遺産登録基準第5項に当てはまります。

澎湖石滬の展望

科学技術の進歩や、環境の移り変わり、人口構成の変化が、かつて人々の暮らしと関係していた産業の没落、場合によっては消滅につながっており、石滬文化はその典型的な例となっています。澎湖の石滬は非常に広く分布しているものの、人口の増加に伴い、必要な漁獲量も増えたため、伝統的な古い方式の石滬は、時代の流れに合わなくなってきました。加えて、機械動力の発達、捕獲技術や装備の向上で、石滬の収益は低下し、衰退の道を歩むほかありませんでした。今日の石滬の衰退は、世界的な流れです。機械による漁業が石滬の役割を低下させているほか、沿岸部をマリンリゾートとして開発することも、石滬の存続できる海を狭めています。石滬は、少数の発展途上国で依然として主力の漁獲方法の一つである以外には、多くの国で、既に漁業の機能を失い、文化遺跡や郷土の学習用、観光用となっています。 

澎湖は世界でも数少ない石滬の文化と技術が保存されている地域です。科学技術主導の現代社会において、澎湖の石滬文化は、人類の漁業文明の遺産と言えます。また、台湾の漁業文化の「活きた化石」でもあります。このため近年、公的機関と民間が、PRと研究に尽力。2005年から、澎湖国家風景区管理処、澎湖県政府、澎湖科技大学が、一連の石滬体験イベントを実施しています。具体的には、「2005年澎湖石滬文化祭」、「澎湖研究第五回学術セミナー－石滬漁唱」、「2006澎湖県吉貝石滬文化体験営」、「2007澎湖石滬季」、「2008年浪花裡的海田－石滬における先人の智慧」、「2009国家科学委員会50科学之旅：古代漁獲の智慧探求－澎湖石滬巡礼」といったセミナーやイベントで、石滬に関するテーマが、台湾内外で徐々に注目されてきました。近年、文化部（以前の文化建設委員会）は、吉貝地区が進める石滬の修繕と工法の伝承を積極的に支援しており、国立澎湖科技大学観光休閒系（観光・レジャー学科）の李明儒副教授も、当時の国家科学委員会の補助のもと、2005年から石滬のデジタルアーカイブ計画を実施。この間、台湾内の学者らも相次いで関連の論文を発表し、石滬の研究が一層活発になりました。澎湖県政府は2007年、文化財保存法に基づいて、二つのハートが連なった形に見える七美の双心石滬を県の文化景観に登録、2008年には吉貝石滬群も文化景観に登録しました。澎湖地方史の専門家である洪国雄氏が1999年に書いた「澎湖の石滬」の出版から10年となる2009年、澎湖県政府文化局は、李明儒副教授による「やな漁文化の起源と分布－国際的な観点からの探求」を出版。こうしたことから、地方政府による石滬の保護と伝承に対する決意が伺えます。2009年、文化建設委員会（現在の文化部）が、「澎湖石滬群」を世界遺産登録の見込みがある台湾の名所18カ所の一つに選定するなど、石滬は澎湖の代表的な存在として、注目を集め、保護活動が行われています。今後は、長い努力が必要になりますが、澎湖の石滬は、世界文化遺産登録への道を突き進んでいきます。